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東京地方裁判所 昭和56年(行ウ)20号 判決 1984年5月30日

原告 ニューピス・ホンコン・リミテッド

被告 大蔵大臣 厚生大臣 農林水産大臣 通商産業大臣

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(主位的請求の趣旨)

1 被告らが昭和五五年一一月二八日外国為替及び外国貿易管理法附則二条一項並びに対内直接投資等に関する政令七条二項の規定に基づき審査の対象とすべき会社として東京都中央区京橋三丁目一番二号所在片倉工業株式会社を指定した処分は無効であることを確認する。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

(予備的請求の趣旨)

1 被告らがした右処分を取り消す。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

主文同旨

(本案に対する答弁)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  被告らは昭和五五年一一月二八日、外国為替及び外国貿易管理法(以下「法」という。)附則二条一項、対内直接投資等に関する政令(以下「政令」という。)七条二項の規定に基づき、大蔵省、厚生省、農林水産省、通商産業省告示第一号(以下「本件告示」という。)をもつて、法附則二条一項に定める審査の対象とすべき会社として訴外片倉工業株式会社(本店の所在地・東京都中央区京橋三丁目一番二号、以下「訴外会社」という。)を指定した(以下これを「本件指定」という。)。

2  しかしながら、本件指定は被告らの共同命令の形式による本件告示をもつてなされているところ、被告厚生大臣及び同通商産業大臣は本件指定につき法附則二条一項にいう事業所管大臣ではないので、本件告示には右両被告が所掌事務の範囲に属しない権限外の事項についてその共同定立者として関与したという国家行政組織法一二条一項、一四条一項、法附則二条一項に明らかに違反する重大な手続的瑕疵があつて本件告示は無効というべきであり、したがつて本件指定もまた無効であるから、原告はその確認を求める。

3  仮に右主張が理由がないとしても、本件指定については右のような手続的瑕疵が存し、また本件指定は訴外会社につき法附則二条一項各号に定める要件が存在しないにもかかわらずなされた違法があるから、予備的にその取消しを求める。

4  本件指定により、訴外会社、その株主及び訴外会社の法附則二条一項に定める株式等(以下「株式等」という。)を取得しようとする同項にいう非居住者である個人等(以下「非居住者である個人等」という。)は、それぞれ次のような法律上及び事実上の不利益を受けるから、本件指定は抗告訴訟の対象となる行政処分である。

(一) 非居住者である個人等が法附則二条一項、政令七条二項の規定に基づき指定された会社(以下「指定会社」という。)の株式等を取得しようとするときは、当該株式等の取得により指定会社の一定数量以上の株式等の取得(非居住者である個人等全体が有する株式等の割合が法附則二条三項及び政令七条四項の定める発行済株式総数の一〇〇分の二五たる「外資比率」以上となる株式等の取得)に該当しないかどうかの確認を求めるため、取得しようとする株式の種類・数量・取得価額・相手方の氏名・取得の時期等を記載した確認請求書を右株式等を取得しようとする日前四〇日以内に日本銀行を経て大蔵大臣に提出することが義務づけられ(法附則三条二項、政令八条五項、非居住者である個人等による株式等の取得の確認等に関する省令(昭和五五年大蔵省令第四六号)(以下「省令」という。)一条一項)、さらに当該株式等の取得が一定数量以上の株式等の取得に該当する場合は、大蔵大臣からその旨の確認証の交付を受けたうえ、株式の種類・数量・取得価額・相手方の氏名・取得後の出資比率・取得しようとする理由等を記載した届出書を株式等を取得しようとする日前四〇日以内に日本銀行を経て大蔵大臣及び事業所管大臣に提出しなければならず(法附則三条一項、政令八条一項、対内直接投資等に関する命令(昭和五五年総理府・大蔵省・文部省・厚生省・農林水産省・通商産業省・運輸省・郵政省・労働省・建設省令第一号)四条一項)、かつ右届出が受理された日から起算して三〇日を経過するまでは指定会社の株式等を取得することは禁止され、この期間は四月間(届出の審査に当たり外国為替等審議会の意見を聴く場合には五月間)まで延長されることがあるのであるから(法附則三条三項、五項、六項、法二七条三項)、非居住者である個人等が指定会社の株式等を取得するには特定の株主との個別の契約によらざるを得ず、株式等の取得の禁止期間とこの間の株価の変動があることを考えると法附則二条一項に基づく会社の指定(以下「会社の指定」という。)は非居住者である個人等が証券市場を通じ希望する時期・数量・価額での指定会社の株式等を取得する自由を剥奪することになるのであつて、本件指定についても同様である。

(二) 会社の指定の制度を設けた趣旨は、非居住者である個人等に指定会社の株式等の取得について事前の届出義務を課することにより、株式等の取得にかかる内容の変更又は中止を命ずる機会を確保し、これによつて非居住者である個人等による企業の支配力の発生や増大を防止することにある。そのために法は非居住者である個人等による株式等の取得に関する手続に違反してなされた株式等の取得などに対する刑罰を定めているが、日本の司法権の及ばない地にある非居住者である個人等に対する刑罰による禁圧効果は期待できないから、右の法の趣旨を実現させるよう実効性のある手段として、法に定める手続によらない指定会社の株式等の取得、すなわち法附則三条一項又は二項に違反する株式等の取得、株式等の取得にかかる中止・変更の勧告に対する応諾に違反する株式等の取得及び中止・変更の命令に違反する株式等の取得の私法上の効力を否定することを法は予定しているというべきであり、この理は商法二〇四条ノ二に違反する譲渡承認のない株式の取得や私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律一〇条、一一条に違反する株式の取得がいずれも少なくとも会社に対する関係では取引の効果が否認されているのと軌を一にするものである。そしてこのように株式等の取引の私法上の効果をも否定される不利益は会社の指定によつて直接に生じる効果であるから、本件指定も抗告訴訟の対象たる処分であることは明らかである。

(三) 訴外会社の株主は本件指定により非居住者たる個人等にその株式を自由な売買が行われる証券市場において公正な価格で売却する自由を奪われ投下資本の回収の途を閉ざされることになるのであり、ことに非居住者である個人等の株主は同じ非居住者である個人等に株式を売却するのが普通であるから右のような経済的自由の剥奪は重大な権利侵害となる。

(四) 本件指定により訴外会社も海外における預託証券形式による株式発行、転換社債発行及び新株引受権付社債発行の道は閉ざされ、海外証券市場への上場も不可能となつて国外での株式発行による自由な資金調達を大幅に制限されたばかりでなく、国内証券市場においても株価形成の最大の要因である外国人投資家の訴外会社の株式に対する買注文を失うことにより公正な価格形成機能が保障された市場での訴外会社の株式の取引が期待できずその高い株価を維持することが困難となつて、多大のプレミアム付きの時価発行増資や転換社債の転換の促進などによる有利な資金調達、財務内容の改善が不可能となるのである。

5  原告は訴外会社の発行済株式総数の一〇パーセントに当たる三五〇万株の株式を有する株主であるが、前記のとおり本件指定により適正な価格で訴外会社の株式を売却する機会を奪われたので、本件指定の無効確認や取消しを求める訴えを提起する利益を有する。

二  被告らの本案前の答弁

1  本件指定は被告大蔵大臣及び同農林水産大臣が法附則二条一項の委任に基づき訴外会社を指定してもつて法の内容を補充したものであり、その性質は一般的な法規範たる法規命令の定立行為(立法行為)に属するものであるから、その無効確認又は取消しを求める本件訴えは具体的事件とは無関係に一般的・抽象的に法規範そのものを争うものにはほかならないので、法律上の争訟に該当せず司法審査の対象とはなりえない不適法なものである。

2  本件指定はそれ自体によつて特定の個人の権利義務を形成し又はその範囲を確定する効果を生ぜしめるものではないから抗告訴訟の対象となる処分に当たらず、したがつてその無効確認又は取消しを求める本件訴えは不適法である。

(一) 本件指定により訴外会社の株式等を取得しようとする非居住者である個人等は法附則三条二項の確認請求の手続をしなければならず、さらにこれが一定数量以上の株式等の取得に当たるときには同条一項の届出をすることを要しその際一定期間は株式等の取得ができないことになるが、これらは訴外会社の株式等を取得しようとする非居住者である個人等のすべてに対し一般的に課せられる義務であつて、本件指定によつて直接特定の個人に対して課せられる義務ではない。なお仮に本件指定により非居住者である個人等が訴外会社の株式等を取得する機会を著しく狭められることになつたとしても、これは本件指定による効果ではなく法が非居住者である個人等による指定会社の株式等の取得について確認請求や届出などの手続を設けていることの結果として生じる事実上の不利益にすぎず法律上の効果ではない。

(二) 法の改正の経緯、法一条が対外取引に対して行う管理又は調整は必要最小限のものにとどめる旨を特に明示した趣旨、法の体系中にあつては非居住者の資本取引に係る株式取得は自由であるところ、その例外としての法附則の非居住者である個人等による株式取得の特例自体、対内直接投資等に係る規制を補完する機能が期待されるにすぎないものであること、法附則二条一項において特に「当分の間」との文言を明記して、右特例が経過的な措置として暫定的な性質のものにすぎないことを明らかにしていることなど諸般の事情を総合すれば、右特例に係る規制が、単に、非居住者である個人等に対し一般的に、確認請求義務(附則三条二項)、届出義務(同条一項)及び不作為義務(同条三項)を課し、あるいは、当該取得に係る内容の変更又は中止を命ずること(同条六項、法二七条七項)を目的とするにとどまらず、特に、これらに違反する株式取得の効力まで否定する趣旨をも包含するものであると解することはできない。

加えて非居住者である個人等による指定会社の株式等の取得にかかる規制に反する株式等の取得が仮に私法上無効であるというためには、単に法附則三条一、二項の手続に形式的に違反したというだけでは足りず、当該株式等の取得が、変更又は中止命令に違反してなされる場合等実体的に法附則二条一項各号所定の事由に該当する場合に限られるものといわなければならないから、会社の指定がなされた場合においても、爾後における具体的な非居住者である個人等による指定会社の株式等の取得が無効とされるかどうかは、専ら、取得時の社会的、経済的諸情勢の下における、当該取得に係る株式等の数量その他の個別的、具体的な内容に係るところであり、右指定がなされた段階においては、当該取得の有効、無効は未だ全く不確定のものというほかはない。

したがつて、いずれにせよ本件指定はこれにより直ちに特定人の権利義務を形成し又はその範囲を確定する効力を有するものではなく、抗告訴訟の対象となる処分に当たらない。

(三) 非居住者である個人等による指定会社の株式等の取得に対する規制は株式の売却を規制するものではない。ことに原告のような非居住者である個人等が訴外会社の株式を譲渡するにはその相手方が他の非居住者である個人等であつても取得者は法三条の手続を要しないので(政令八条四項三号、五項)譲渡の当事者双方に何の不利益もない。

(四) 法にいう居住者が海外における預託証券を発行し又は転換社債及び新株引受権付社債のような証券を発行するについては、その旨の届出をすることを要し一定の要件の下に当該資本取引の内容の変更又は中止の勧告又は命令を受けることがあるなど一定の規制が設けられているが(法二二条一項五号、二三条)、これが法附則二条ないし四条の非居住者である個人等による株式等の取得の特例にかかる規制に服するものではなく、指定会社について外国における証券の発行が許容されるかどうかは専ら法二三条二項所定の事由の存否にかかる具体的な問題であつて、いずれも本件指定と法的関連性を有するものではない。なお指定会社が外国において発行又は募集した預託証券、転換社債、新株引受権付社債については非居住者である個人等がこれを取得又は売却しあるいは転換等により新株を取得する場合においても法附則三条にかかる手続を要しないから会社の指定が右証券類の流通を阻害する要因となることはない。

3  また以上から明らかなとおり原告は本件指定の無効確認又は取消しを求めるにつき法律上の利益を有しないから、本件訴えは不適法である。

三  被告らの本案に対する答弁

1  請求原因1は認める。ただし被告厚生大臣及び同通商産業大臣は本件告示による本件指定をした行政庁ではない。

2  同2のうち右両被告が本件指定につき事業所管大臣でないことは認めるが、その余は争う。

3  同3は争う。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1の事実は、本件指定をした行政庁を除いて当事者間に争いがない。

二  被告らは、本件訴えは具体的事件とは無関係に一般的、抽象的に法規範自体を争うものであるから法律上の争訟に該当しない、あるいは本件指定は抗告訴訟の対象となる処分に当たらないから、本件訴えは不適法であると主張する。

本件指定は、法附則二条一項、政令七条二項の規定に基づき本件告示をもつてされているが、行政庁の行為が立法行為としての性質を有するものとみられるものであつても、それが同時に、それに後続する行政庁の具体的処分を待つまでもなく、直接特定人の具体的な権利義務ないし法律上の利益に法律的変動をもたらし、その行為を争わなければ他に適切な救済が得られないような場合には、その行為は通常の行政処分と同様抗告訴訟の対象たる行政処分に当たると解するのが相当である。

そこで、本件指定が特定人の具体的な権利義務ないし法律上の利益に直接法律的変動を与えるものであるかどうかについて判断する。

1  まず非居住者である個人等による株式等取得の特例制度変遷の経緯及び法附則二条、三条に基づく指定会社の株式等の取得手続について検討する。

(一)  当初、外国人の財産取得に関する政令(昭和二四年政令第五一号)は、外国人による株式取得につき外資委員会の認可を要することとし(同令三条一項一号)、かつ、右認可を受けないでした株式取得は効力を生じない旨明文をもつて規定していた(同令四条)。同政令を継受した外資に関する法律(昭和二五年法律第一六三号)(以下「旧外資法」という。)は、法の特別法として、昭和二五年五月、「日本経済の自立とその健全な発展及び国際収支の改善に寄与する外国資本に限りその投下を認め、外国資本の投下に伴つて生ずる送金を確保し、且つ、これらの外国資本を保護する適切な措置を講じ、もつてわが国に対する外国資本の投下のための健全な基礎を作ることを目的」として(同法一条)制定されたものであるが、右制定当初の旧外資法においては、外国投資家による本邦法人の株式取得については、原則として、外資委員会の認可を受けなければならず(同法一一条一項)、かつ、外資委員会が右認可をするには、当該取得が、当該法人の財産の増加をもたらすものである場合であることなどの要件に該当する場合でなければならないとされていた(同法一二条)。しかして、旧外資法は、「わが国に対する外国資本の投下は、できる限り自由に認められるべきものとし、この法律に基く届出又は認可の制度は、その必要の減少に伴い逐次緩和又は廃止されるものとする。」との規定(二条)の趣旨を受け、昭和二六年四月、認可の要件に関する同法一二条の規定を削除し(同年法律第一二七号による改正)、続いて、昭和二七年七月、同法一一条の改正により外国投資家間の譲渡、相続、遺贈、会社の合併等による取得については認可不要とされる(同年法律第二二三号による改正)改正が加えられ、外国資本の投下に係る規制は、漸次緩和の方向へと進められた。

そして、昭和五四年一二月の「外国為替、外国貿易その他の対外取引が自由に行われることを基本とし、対外取引に対し必要最小限の管理又は調整を行うことにより、対外取引の正常な発展を期し、もつて国際収支の均衡及び通貨の安定を図るとともに我が国経済の健全な発展に寄与すること」を目的とする法の大改正(法一条参照)に伴い、旧外資法は廃止され、法に統合されたが、これにより株式取得に係る規制は、統制的な旧外資法下における体制から、原則自由の体制へと転換を遂げることとなつた。

すなわち、非居住者による資産運用を目的とする株式取得(上場会社等の株式にあつては、一非居住者による発行済株式総数の一〇%未満の取得)については、資本取引として、原則として、大蔵大臣に対する事前届出を要するが、大蔵大臣の指定した証券会社を経由して取得する場合には、右届出も不要とされ、自由に株式取得ができることとされ(法二〇条五号、二二条)、資産運用を目的とする株式取得は、当該会社の外資比率のいかんにかかわらず、自由に行えることとなつた。これに対し外国投資家による株式取得のうち、経営参加を目的とするもの(上場会社等の株式にあつては、一外国投資家による発行済株式総数の一〇%以上の取得)については、これを対内直接投資等として、大蔵大臣及び事業所管大臣に対する事前届出を要することとされた(法二六条)。

しかし、これまで「乗取り規制」を前提として企業経営が行われてきた経緯等にかんがみ、従来の外資比率に対する規制に準じた取扱いが「当分の間」の措置として設けられることとなつた(法附則二条以下)。この制度によれば、大蔵大臣及び事業所管大臣は、非居住者である個人等が特定の上場会社等の一定数量以上の株式等(非居住者全体の持株比率(いわゆる外資比率)が二五%以上となる株式)を取得することとなつた場合において、<1>国の安全を損ない、公の秩序の維持を妨げ、又は公衆の安全の保護に支障を来すことになること、<2>我が国経済の円滑な運営に著しい悪影響を及ぼすことになること、のいずれかの事態を生ずるおそれがないかどうかを審査する必要があると認めるときは、当該会社を指定することができるとされ(法附則二条、政令七条二項、四項、五項)、「対内直接投資等」と同様の手続をとることとされた。

(二)  次に、法附則二条、三条に定める指定会社の株式等の取得手続は次のとおりとされている。

(1) 確認の請求

非居住者である個人等が法附則二条一項の規定により指定会社の株式等を取得しようとするときは、大蔵大臣に対し、当該株式等が一定数量以上の株式等(法附則二条三項、政令七条四項・五項参照)に該当しないかどうかの確認を求めなければならない(法附則三条二項)のであるが、右の確認の請求は、指定会社の株式等を取得しようとする日前四〇日以内にしなければならない(政令八条五項、省令一条一項)。

もつとも、非居住者である個人等による株式等の取得が政令八条四項各号に掲げる場合のいずれかに該当するときは、確認を求めることを要しない(同条五項但書)。

右の確認手続を行う趣旨は、非居住者である個人等は自己が取得しようとする株式等が一定数量以上の株式等であるか否かを判断しえないため、全体の持株比率を管理している大蔵大臣に対し、あらかじめ確認を求めることによつて、誤つて法附則三条一項に規定する届出をすることなしに一定数量以上の株式等の取得を行うことを防止するためであると解される。

(2) 届出

前記(1)の確認の請求の手続において、当該取得が一定数量以上の株式等の取得に該当することが確認された場合には、非居住者である個人等は、あらかじめ、当該取得をしようとする株式等の数量等を大蔵大臣及び事業所管大臣に届け出なければならない(法附則三条一項)。但し、当該取得が法二六条二項三号に掲げる上場会社等の株式の取得である場合には、法附則三条一項の規定による届出を要せず(法附則三条一項かつこ書)、法二六条三項の規定による届出(対内直接投資等の届出)を要することとなる。なお、法附則三条一項の規定による届出は、指定会社の一定数量以上の株式等を取得しようとする日前四〇日以内にしなければならない(政令八条一項、対内直接投資等に関する命令四条一項)。

(3) 取得制限期間

前記(2)の届出をした非居住者である個人等は、大蔵大臣及び事業所管大臣が当該届出を受理した日から起算して三〇日を経過する日までは、当該届出に係る一定数量以上の株式等の取得をしてはならない(法附則三条三項本文)とされているが、一定の要件の存するときは、右の株式等の取得をしてはならない期間を短縮(同項但書)又は延長(同条五項、六項、同法二七条三項)することができる。

(4) 変更又は中止の勧告

大蔵大臣及び事業所管大臣は、法附則三条一項の規定による届出があつた場合において、当該届出に係る一定数量以上の株式等の取得がされたならば附則二条一項各号に掲げるいずれかの事態を生ずるおそれがあると認めるときは、外国為替等審議会の意見を聴いて、当該一定数量以上の株式等の取得の届出をしたものに対し、当該一定数量以上の株式等の取得に係る内容の変更又は中止を勧告することができ(法附則三条六項、法二七条二項)、勧告を受けたものは、当該勧告を受けた日から起算して十日以内に、大蔵大臣及び事業所管大臣に対し、当該勧告を応諾するかしないかを通知しなければならない(法附則三条六項、法二七条四項)。

(5) 命令

前記(4)の勧告を受けたものが、勧告を応諾するか否かの通知をしなかつた場合又は当該勧告を応諾しない旨の通知をした場合には、大蔵大臣及び事業所管大臣は、当該勧告を受けたものに対し、当該一定数量以上の株式等の取得に係る内容の変更又は中止を命ずることができることとされている(法附則三条六項、法二七条七項)。

2  そこで、以上の点をふまえて本件指定の処分性を判断するについて、まず指定会社の一定数量以上の株式等の取得をしようとする非居住者である個人等が本件指定によりいかなる影響を受けるかについて検討する。

先にみたとおり、本件指定は単に非居住者である個人等が特定の会社の一定数量以上の株式等の取得をすることとなつた場合において、法附則二条一項各号に掲げるいずれかの事態を生ずるおそれがないかどうかについての審査の対象となるべき会社を定めるものであつて、本件指定がされたからといつて当該一定数量以上の株式等の取得の禁止が具体的に決定されるものではない。すなわち、非居住者である個人等が指定会社の株式等を取得しようとする場合において、当該株式が「一定数量以上の株式等」に当たるかどうかは本件指定の効果として直接生ずるものではなく、法附則三条二項の大蔵大臣の「確認」によつて明らかとなり、確認の結果「一定数量以上の株式等」に当たらないこととなれば、当該株式等の取得について「届出」を要しないこととなるし、以後の取得制限期間内の取得、変更又は中止の勧告及び命令の対象となることはない。また、右の変更又は中止の勧告及び命令の対象とされるかどうかは当該届出に係る一定数量以上の株式等の取得がされたならば法附則二条一項各号に掲げる事態を生ずるおそれがあるかの具体的な認定判断に係る問題であつて、本件指定の効果として直接生ずるものでないことはいうまでもない。

もつとも、本件指定があると、指定会社の一定数量以上の株式等の取得をしようとする非居住者である個人等は、右にみたとおり法附則三条の規定に従い確認請求及び届出の義務、さらに一定期間の取得制限等を課されることとなるが、右のような規制及びこれによる株式等の自由な取引の制約は指定会社の一定数量以上の株式等の取得をしようとする非居住者である個人等のすべてに対して一般的に課せられ、受忍を強いられるものであるから、本件指定により特定の個人について権利を制限し、義務を課するものということはできない。

そして、指定会社の株式等を取得しようとする非居住者である個人等が確認請求義務、届出義務に違反して右株式等を取得したからといつて、直ちにその株式等の取得の私法上の効力が否定される実定法上の根拠はないし、取得制限期間内の取得、あるいは変更又は中止命令に違反してされる株式等の取得の私法上の効力が仮に否定されると解する余地があるとしても、一定期間内に取得制限の効果が生じ、あるいは変更又は中止命令が発せられるのは、前記のとおり当該取得に係る株式等の数量その他の具体的な事情により決せられることがらであつて、本件指定がされた段階では未だ全く未確定であるといわなければならない。そうだとすれば、本件指定がされたからといつて、指定会社の株式等を取得しようとする非居住者である個人等の権利義務に直接影響が及ぶものとはいえない。成立に争いのない甲第四号証、第五号証中以上の見解に反する部分は採用しない。

3  なお非居住者である個人等が指定会社の株式等を売却するについては何ら規制はなく、売却の相手方が非居住者である個人等である場合にも法三条一、二項の手続を行う必要はないから(政令八条四項三号、五項但書)、原告のような非居住者である個人等の株主が訴外会社の株式等を売却するについて何ら不利益はない。

4  また原告は本件指定により訴外会社が海外における預託証券による株式の発行、転換社債の発行及び新株引受権付社債の発行を制約されることとなつたと主張する。

しかしながら、法にいう居住者の国外での右のような証券の発行は法四章における一連の規制に服し、その発行の許否は専ら法二三条二項各号に掲げる事由の存否にかかるものであり、会社の指定があつたことによりこのような証券の発行を制限されるという法的根拠はないから、本件指定が訴外会社の海外での右のような証券発行の法律上又は事実上の妨げとなることはないというべきである。

なお訴外会社の発行する右のような証券を非居住者である個人等が売却することは自由にできることはもちろん、これを取得し又は転換等による新株の取得をするについても法附則三条一、二項の手続を要しないから(政令八条四項八号ないし一一号、五項但書、七条一項)、本件指定によつて訴外会社の右のような証券の流通が阻害され訴外会社に不利益が生じるということはできない。

5  さらに原告は、本件指定により訴外会社の株式等の取得につき規制を受ける非居住者である個人等がその取得をしなくなりそのため公正な株価の形成が期待できなくなつて訴外会社及びその株主の経済的利益が害されるに至ると主張する。

しかしながら、本件指定が訴外会社の株式の取引価格の下落を必然的に招来するとの立論にはにわかに左袒できないし、仮にこのような事態が生じたとしてもそれは本件指定に伴う事実上の不利益にすぎず本件指定による法律上の効果ということはできない。

6  以上の理由によれば、本件指定はそれ自体によつて特定の個人、指定会社の権利義務を形成し又はその範囲を確定する効果を生ぜしめるものではないから、抗告訴訟の対象となる処分には当たらないといわなければならない。したがつて、原告の本訴請求は抗告訴訟の対象とならない行政庁の行為の無効確認又は取消しを求めるものであつて不適法である。

三  よつて、その余の点につき判断するまでもなく本件訴えを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 時岡泰 満田明彦 菊池徹)

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